9月23日にニューヨークで開催された「国連気候アクション・サミット2019」。スウェーデンの16歳の少女グレタ・トゥーンベリさんが発した演説や、小泉進次郎・新環境大臣の質疑応答の様子が日本でも報じられ、2015年の気候変動枠組条約COP21パリ会議よりも遥かに多くの人の話題に登るようになった。
だが恐ろしいことに、今回のアクション・サミットでは、政府、投資家、企業から、ものすごい数のコミットメントがあったにもかかわらず、日本の報道機関はその内容をほぼどこも報じないという異常事態が発生している。
サミットで、「あなた方は、その空虚なことばで私の子ども時代の夢を奪いました」「あなた方は私たちを裏切っています」とスピーチしたグレタさん。その結果、「環境問題だけでなく経済も大切なことを大人がグレタさんに教えてあげなければいけない」と諭す意見や、「東日本大震災で原子力発電が停止した日本では、なかなか難しい議論だ」という言論が日本には溢れかえるようになった。
この(上記下線部)ような話を日本国外のビジネスパーソンや投資家にしたら、「いつまで20年前と同じ話をしているのですか。もっとアップデートしてください」と言われるのがオチだろう。
では、今回の国連気候アクション・サミットでは何があったのか。見ていこう。
巨額マネーが動き出した
国連気候アクション・サミットは、一つの国際会議なのだが、今や主役は政府だけでなく、企業や投資家も同じように存在感を発揮している。今回も、資本主義のマネーを大きく動かしている機関投資家がまず大きな宣言を行った。
世界の主要機関投資家515機関は9月19日、サミットに参加する各国政府に対し注文をつける共同宣言を行った。参加した機関投資家の運用額は合計で3,770兆円というとてつもない金額だ。
全米最大の年金基金カルパース、ロックフェラー・キャピタル・マネジメント、アクサ・インベストメント・マネージャーズ、HSBCグローバル・アセット・マネジメント、UBSアセットマネジメント、BNPパリバ・アセット・マネジメント等、資産規模の大きい機関投資家が名を連ねている。
日本からも、三菱UFJ信託銀行、三井住友トラスト・アセットマネジメント、野村アセットマネジメント、ニッセイアセットマネジメント、日興アセットマネジメントなどの名前がある。
機関投資家からの注文の内容は、パリ協定で各国が自主的に宣言したCO2の削減目標が不十分なので、2020年までに削減目標を引き上げること。また政府政策を全てパリ協定と整合性のあるような内容にすること。
加えて、石炭火力発電を段階的に全廃し、さらに化石燃料の消費量を削減するための政策課税である炭素税を導入するという内容だった。
科学者によると、パリ協定での各国政府の削減目標が全て達成されても、実はパリ協定で定めた国際的なゴール(気温上昇を2℃ないしは1.5℃以内に抑える)は達成されない。
2℃や1.5℃に気温上昇を抑えるには、ちょっとやそっと省エネや節電をしただけではどうにもならないのだ。
そのため、機関投資家は、さらに気候変動を抑えるような規制を強化し、政策を導入するよう政府に圧力をかけている。
銀行の「融資」が変わる
今回は投資家だけでなく、銀行からも巨大な宣言があった。9月23日には、銀行の融資が、環境や社会にどのような影響を与えているかを自主的に測定し公表していく「国連責任銀行原則」が発足。なんと世界から131の銀行が自主的に署名した。
日本からは、メガバナンク3行と三井住友トラスト・ホールディングスが、海外では、シティグループ、スタンダートチャータード、BNPパリバ、ソシエテ・ジェネラル、クレディ・アグリコル、ドイツ銀行、ING、UBS、クレディ・スイス等がこぞって参加した。
署名銀行には、4年以内に6つの原則を完全に遵守することが義務付けられている。当然その中には、気候変動に対するインパクトを公表していくことも入る。
この銀行130社のうち35社は9月23日、この内容に飽き足らず、新たに活動を始めた。活動の名は、「気候アクションに関する集団的コミットメント」だ。
35社は今後、3年以内に融資先企業でのCO2削減目標を、パリ協定と整合性のある形で策定することが義務化され、毎年の進捗公表も必須となる。これに参加したのは、スタンダードチャータード、BNPパリバ、ソシエテ・ジェネラル、クレディ・アグリコル、INGなどである。
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気候変動が「巨大な経営リスク」と化す
これらの銀行が目標達成するには基本的に2つしか道はなく、CO2排出量の多い融資先に削減するよう求めるか、CO2排出量の多い企業への融資をやめるかのいずれかとなる。
それに銀行が自らコミットしたのだ。
投資家も銀行も、気候変動が異常気象や海面上昇をもたらし、社会を揺るがすような危機を発生させると考えているからだ。
実際に主要国の金融当局は、気候変動がリーマン・ショック級、もしくはそれ以上の金融危機を起こすことを恐れ、金融当局による「業界団体」を発足している。
そこには、日本、中国、香港、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スイス、スウェーデン、シンガポールなど42ヶ国・地域が参加。トランプ政権率いるアメリカはいないが、9月24日に州政府からニューヨーク州金融監督局(DFS)が参加することとなった。
気候変動に金融危機リスクがあるのであれば、投資家だって当然それに対応しようとする。
機関投資家12機関はサミットと同じ9月23日、投資先企業にビジネスモデルの脱炭素化を求めるエンゲージメントを直ちに開始した。12機関には、保険世界大手アリアンツやスイス再保険などがいる。運用額と260兆円にもなる。
金融機関が金融危機を感じているように、企業だって気候変動が巨大な経営リスクになると考えている。まず、グローバル企業87社が、パリ協定で定めた「2℃目標」よりも高い「1.5℃目標」を達成するためのCO2削減目標を自ら課すと宣言した。
参加した企業はマニアックな企業ではなく、日本でもおなじみのユニリーバ、ダノン、ネスレ、イケア、ロレアル、ノキア、エリクソン、バーバリー、リーバイス、HP等。日本企業では丸井グループ、アシックスの2社のみが加わった。
「2050年」までにCO2排出量をゼロへ
企業からのアクションは、まだまだたくさんある。
対象となったのは、トラック・バス、海運、航空、アルミニウム、セメント、自動車、総合科学、鉄鋼の8業界。各々には、先進企業自身が自主的に加盟し、活動を率いていく。
残念ながら日本企業からのリーダーシップはないが、欧米企業が競うように参加を表明している。
アクションを始める各業界
また、世界経済フォーラムは別途、自動車業界ではEVと自動運転を推進し、乗用車からのCO2を95%削減する活動も発足。それにはBMW、フォード、Uberが幹部企業となることが決まった。
エネルギーを日常的に大量消費している不動産業界からも、2050年までにCO2排出量をゼロにする活動が9月23日に生まれた。欧米の建設会社や建材メーカーとともに、金融機関や、ケニア、トルコ、アラブ首長国連邦、英国の4ヶ国政府も加盟した。
食品・小売業界では、食品や原材料生産でのCO2排出量を減らすため、2030年までに食品廃棄物を半減させる活動が発足。欧米の小売大手ウォルマート、テスコ、イケアフード、メトロ等に並んで、日本からもイオンが加盟した。加盟企業は、仕入先企業にまで削減をコミットさせにいく。
置き去りの日本
金融機関や企業が動けば、当然、各国政府も動く。今回のサミットでは、2050年までにCO2排出量をゼロにすることを自主的に宣言した企業は65ヶ国にのぼる。
その中には、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スイス、ベルギー、スペイン等の主要国の名前もあり、EUとしても宣言。さらに、カリフォルニア州、ニューヨーク州、ハワイの米3州も同様に州政府として自主コミットした。
日本では、東京都と横浜市のみが宣言に加わった。
同時に70ヶ国は、パリ協定で表明した各国の削減目標を2020年までに自主的に引き上げると宣言。そこにも、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、スペイン、スイス、メキシコ等の国名がある。
日本政府としては、2050年までのCO2ゼロにも、2020年までの削減目標引き上げにも参加してない。
環境対策を進めれば、経済やわたしたちの生活が犠牲になると言われていた時代は、世界ではとっくに通りすぎている。
投資家も企業も政府も、経済成長とわたしたちの生活を守るために気候変動対策を進めている。さて、日本国民はいつ目覚めるのか。